The Coffee Roaster House

just around five pounds retreat

ホスピス

父の夢の再現

弟夫婦と母親と合わせて4人で棺を覗き込んで父に最期のお別れをいうまで、気になっていたこと。とつぜんはっきりとしました。 ああ、そういうことだったんだ。 父の夢の中で出てきた、3人目の子供 女の子というのは、弟の嫁のこと。 そうと思えば、妹が帰れ…

5日目

まだまだ元気な頃の父だったら、ちゃぶ台をひっくり返すどころでない大騒ぎになっていたと思いますが、実は家に帰ってからも、父に聞こえているか、聞こえていないのか定かでない中、少しずつ、最後の日の準備が進められていて、本日午後は葬儀でした。 昨晩…

通夜という風習 ②

通夜の式が終わった直後、仕事を終えた父のユニットを担当する3名の若い介護レディズが父の顔を見にきてくれました。 すると、昨夜のあの午前0時前後の奇妙な感覚がぶり返してきて、3人がまるでアイドルか天使のユニットみたいに見えてきてしまうのです。 3…

じっちゃん(曽祖父)のさいご

その日、いつもの退園の時間より随分早く迎えがきて、急遽、父方の実家に赴きました。到着すると、いわゆる仏の間に大勢の親族がすでに集まってみんな見慣れない黒い服をきて、じいちゃんを囲んでいます。 確か白衣を着た医師がじいちゃんを診察して、臨終の…

4日目の朝 ②

執着が抜けずに臨終を迎えた遺体は死後硬直が激しいとか、本当かどうかわからない話も含めて聞いていて、せめて臨終後の姿が穏やかであってほしいと思っていました。亡くなった直後から、父の顔は少し緩んでいったように感じていました。 いよいよ朝がやって…

4日目の朝の光の中で

父はたぶん、本人としては死そのものを特段恐れていないつもりだったでしょうが、死後に意識が残るとは思えなかった分、どうしても生きなければならないと最後まで念じていました。死とは無。それが父の強固な信念でした。 それも最後は昨夜の体から離れてさ…

2月11日午前1時5分 人生の卒業写真

すべてを終えた後の父の顔はげっそりとした顔つきから少しずつ、生前の状態に戻ってきていました。そこで、その場にいた母と弟夫婦と一緒に写真を撮りました。 ひとつは、東京にいる妹夫婦の為に、いっぱい、妹夫婦や孫の写真を並べて父が一人ひっそり旅たっ…

2月11日午前1時0分

目がさめると、かつては何でもないことに、一人パニックになって泣いていた母が真剣な眼差しで父に向き合っています。 早く、〇〇に言うち、電話せな 自分には弟に頼んで、病院にきてもらうという意味だと聞こえてしまって、また怒ってしまいました。 この夜…

クロスオーバー 午前0時の世界

まだまだ延々とリズミカルな父の呼吸は続きそうでした。 朝まで長丁場になると覚悟してゆっくりコーヒーを淹れて飲み干そうとしたその時、そのまま自分の体は固まってしまってこたつに入ったまま、動けなくなってしまい、一瞬時が止まったように思えました。…

若き日の父の夢

基本、現実世界の話以外にはほとんど関心を持たなかった父にしては珍しく、若い頃の夢の話をしてくれたことがかつてありました。 父が結婚する前後のこと、本当にどうしようかと思うくらい、悩んだ時期があったようですが、そのとき、見た夢は、こんな展開だ…

両親に対しては孝養をつくすべしというけれど、今更問いかけられて途方にくれる

チャイムを交換する前後ではまだまだ父の容体は安定しているように見えてはいたものの、それまでの様子から、もう朝まで持たない可能性があることは薄々感じていました。 父の顔はほとんど小学生のようになったり、幼児のようになったり、その中で、あえて言…

3日目 ④ それでもまだまだ生かされている意味

昼になって父の様子が穏やかなのに気をよくして、少し日に当ててあげようかという話になり、家族で初めてではないかという共同作業で父の布団を持ち上げて、茶の間に移動して、真冬の昼間の太陽を浴びてもらいました。 次男はちょっと安心して、このままひょ…

3日目 ③ なぜ、なんのために生きるのか

父は自分の父親を戦争で無くしたために、幼い頃から、ててなしごといわれていじめられて散々な目にあったそうです。 その鬱憤も含めて、よっぱらうと、いろいろ家族にぶつけてきたことさえありましたが、これこそが、父の生きるエネルギーの源泉でもありまし…

3日目 ② 母との対話

朝8時の時点で、2日目とは違い、呼吸も脈拍もいくらかは弱ってはいるものの、むしろ呼吸のリズムは規則的になって、しっかりしてきました。朝の状態をみて、瞳孔が開いていたのに、と次男もびっくりしていましたし、訪問してくださったSWの方も予想外といっ…

3日目 ① まさかの復活

夜中近くになっても父の激しい息づかいは止まらず、その間、弟は弟なりに、色々考えて、父が好みそうな音楽や神楽の調べを流したりしながら、父を見守っていましたが、やがて母と私にバトンタッチする時がきました。 まず、カラカラになった喉をどう潤すかで…

父の守護天使

まだ、私が5歳になるかならないかというころ、父はしょっちゅう腫れて、悩まされている扁桃腺を手術で切除する決心をして、あるクリニックにかかりました。 予定ではその日の午後には目を醒まして帰宅できるはずでした。 ところが手術が終わって麻酔が溶ける…

祖母と肺炎騒動

以前、父や母と一緒に暮らしていた時期、父が肺炎になって、高熱を出した時、うなされながら、 かあちゃん、かあちゃん、かあちゃんが迎えにきた! と叫んだことがありました。 死後の世界などけっして信じなかった父がそのようなことをいうので、その時は、…

最期の晩酌 ③ 父の魂は何処?

父を家に帰す前後から、母は時折、まるで父が目の前にいるような感覚で話す瞬間があり、てっきり、あの父も、ある境涯に達しているのではないかと思っていました。 といいますのは、多くの病床で末期を迎えつつある方は、執着から離れて魂としての感覚を取り…

最期の晩酌 ②

父の喉はたくさんの食べ物を与えられて、膨らみ、それまで口の中に溜めることのできていた痰はいつの間にかおさまってしまって、口の中がカラカラになってしまいました。 唾液も含めて口腔内に溜まったものを吸い出していた分がほとんど出てこなくなったので…

最期の晩酌 ①

午後になると休憩に入っていた弟夫婦が買い物袋を抱えて帰ってきました。父に考えられるだけ、ここ数年、特養に入っていた時間に食べられなかったものを食べさせるつもりのようです。 その中には焼酎やら、刺身やら、もう、看護という立場なら絶対に口にさせ…

それからの延長戦 ③

そんげんこた、わからん、は目に見えないものを一切信じようとしなかった父らしい言葉ですが、この後に及んでも、精神的な実体としての人間の本性、いわゆる魂のようなものについて、ほとんど自覚がないということでもありました。 こうやって、言葉も出せな…

それからの延長戦 ②

2日目の昼にはなんと病棟の看護師さんがSWさんと一緒にきていただいて、父の様子を見ていただきました。 昨日よりも落ち着いている様子に少し驚いているようにも見えました。急場で作った吸入器をお見せして説明すると、(社交辞令かと思いますが)勉強にな…

それからの延長戦 ①

日付が変わってしばらく経っても、父の呼吸は間欠的で、弟はもう長くないだろうといって、私と母に引き継いで、自宅に帰ってゆきました。 それでも、午前4時くらいになると、さらに呼吸は落ち着いてきて、しっかりとした腹式呼吸が現れるようになり、体に自…

ひさびさの帰宅 ③

父が帰宅をした日の夕方も、ちらほら帰宅を聞きつけた親族の方々が入れ替わり立ち代わりいらして父に声をかけてくださいました。また夜遅くまで、父の姉に当たる叔母がついてくださっていて、父の幼い頃や青年期のことなども含めて色々な話をしました。自分…

ひさびさの帰宅 ②

いよいよ、帰宅後1時間少々が過ぎて、運命の抜管のタイミングがやってきました。久々に車椅子から降りて、畳の上に横になると、父の顔はリラックスしたように見えました。 ほどなくして、ドクターがやってこられて、処置をするとすぐに帰られました。父の鼻…

ひさびさの帰宅 ①

この日、長い間、特養に入っていて、家族との面会さえも叶わなかった父が実家に帰ってきました。 呼吸困難に陥り、病院に担ぎ込まれた父は、そもそもが、植物人間に近い状態と言っていいくらい、無反応に見える時間帯が多く、このまま生きてゆくのは本人にと…