The Coffee Roaster House

just around five pounds retreat

コーヒーの世界でのアメリカと日本

まずは自分が体験した1980年代のアメリカについて

中西部では当時スターバックスがないのはもちろん、ほとんど従来型のコーヒーメーカーでウォールマートで買ってきた粉、ちょっと浅煎り具合のやつをいれて飲むようなスタイルが一般家庭では多かったと思います。(自分で買ったことはないので、はっきりとした価格は不明ですが、日本のコストコにあるものをさらにグッとお安くした感じと思ってもらえばいいと思います。)

レストランやマクドナルドなどでは少しましなコーヒーがでるとしても大抵は大ぶりなコーヒーメーカーでいっぺんにいれたもの。

特に田舎であまりコーヒーに馴染みのない家庭になると、インスタントをお客さん向けに少量用意していて時折飲むといった家も多かった。インスタントの方がいわゆるレギュラーコーヒーよりも高価な高級品という扱いでした。実際に価格は日本の2倍以上していたと思います。(100gしないくらいの小瓶が5〜9ドルくらい 1ドル250円の時代です)

なにしろふだん飲むのははほとんどが、清涼飲料水、それもコーラ(日本の大型ペットボトルよりも大きくて値段は確か牛乳より安かった)。

三度の食事の時に飲むのはガロンサイズのミルクか、解凍したオレンジ濃縮ジュースを大きなコップに1杯と決まっていました。(ミルクが1ガロン確か1ドル29セント(これは当時の日本の1L100円格安目玉品と同水準が通常価格)、濃縮オレンジジュースが39セント、セールでたまに29セントくらい。これを自宅の水で還元すると、10倍以上になります。350ml一杯で10円未満)

少し、おしゃまな家庭になると、イギリス風のお茶をたてたり、というのはあっても、わざわざコーヒー豆を挽いて入れるような家庭は見たことさえありませんでした。パイロットをするような裕福な家庭でさえです。(自分が知り合った範囲ですが)

またヨーロッパからくる留学生たちも、ワインやビールを話題にすることはあっても、コーヒーについて語るということは皆無。

若い日本人が煎茶について熱く語るなんてことが滅多にないのと、その点は同じです。

対照的に1980年ごろの日本は経済的に存在感をましていただけでなく、コーヒーの消費も伸びて、産地といい関係で取引できるようになった時代背景が大きかったと思います。田舎でもちょっとしたデパートや喫茶店で世界各地の豆を入手できる時代になっていましたし、家庭向けのコーヒーメーカーが普及してゆく前段階だったので、自宅でハンドドリップする人もそれなりにいたりして、コーヒーについては、よほど日本の方が進んでいるとずっと思っていました。まだまだ喫茶店でもサイフォンで入れるところの方が多かった。(一部で復活しつつあるとはいえ、この時代にしてサイフォンが使われていたのも、ある意味日本らしいかも)

だから、いまでもコーヒーの本場はアメリカみたいに言われると、ちょっとなあと思ってしまう自分がいます。