父を家に帰す前後から、母は時折、まるで父が目の前にいるような感覚で話す瞬間があり、てっきり、あの父も、ある境涯に達しているのではないかと思っていました。
といいますのは、多くの病床で末期を迎えつつある方は、執着から離れて魂としての感覚を取り戻してゆくにつれ、苦しい体から一時的に抜け出して、自分のかつて住んでいた家に帰ったりしながら、肉体から抜け出して、あの世の世界にゆく練習をすることがあるといったことを聞いたことがあったからです。
ところが、先だってからのやりとりから、父はまだ、死後の世界をま
ったく信じていないらしいことがわかってしまいました。
それにしても、この間父の魂は一体どこをさまよっているんだろう。
体を触っても、まったく気配がないので、もうほとんどただの呼吸する機械みたいになっているのですが、弱まりつつあるとはいえ、まだまだしっかり心臓は鼓動していて、かなり効率は悪そうですが、一応、胸郭は動いているので、ある程度の酸素は通じているはず。
ただ、それにしても激しい。
いかにも、俺をなんで生かさんのか!と全身で怒鳴っているような状態でした。