果実の中でエチレンによって追熟を起こすタイプに分類されるものには、バナナ、桃、りんご、ナシ、メロン、マンゴー、アボカド、トマト、それにキウイなどがあるようです。アボガド、キウイはちょっとレアかもしれませんが、いずれもコーヒーのフレーバーとして、スペシャリティの世界でもCOEの上位クラスの豆ではかなりの確率で認識されうるものではあります。
こういった香りは果物に含まれる化学物質の分解の過程としてあるところまでは説明することもできるかもしれませんので、そこに酵母の作用が入る余地はないという説明は一面としてあり得ると思っています。
それにしても、どうしてこういう仕組みが存在しているのでしょう。
一般に、植物の果実が良い香りを発するのは動物に食べてもらって、タネをあちこちに拡散してもらうため、と言われています。
ですから追熟を起こすのも、完全に腐敗する前に、一番美味しくて、香り高くて、今が食べどきだぞー、と知らせて早く食べてもらうために有利だったのかもしれません。
そこまで考えると、結構凝った仕組みに思えます。そもそも樹から離れたあとの熟成のプロセスを植物はどうやってコントロールできるというんでしょう。
一方で、動物(この場合は人間含む)の側もむしろ、そういう植物を味わうことによって、自らの味覚や嗅覚を発達させてきたはずです。
ということはこれも卵が先か、鶏が先か、の議論と似通った話になります。
植物の側がなんかこんなのいいかもしんない、たまには世界にこんな香りが漂ったら、自分たちも気持ちいいかも(植物同士がお互いに化学的な成分を介在にしてコミュニケーションしていることはかなり昔に証明されています)、と思って半分趣味で作った成分に、なんか変な匂いがするなあ、と動物たちが寄ってきた。
その後は動物の側もいろいろな香りを嗅ぎ分けることで、さまざまな果実の味を連想できるようになってくる。
ここで、やっぱり不思議なのは酵母なんですけど、どうしてあんたたちは、そこいらの雑菌や納豆菌やらに近い微生物なのに、植物や動物の好む香りの世界に進出してくるのかと。
花も舌もないはずの、酵母菌がなぜ?
前述したように、そういった果実に取りつくことで細胞レベルで直接その成分を感知していたのかもしれません。そうすると、やっぱり酵母菌さえ虜にする魅力がそういったメロンやブドウ由来の揮発性分にあるというのか。
そして、もしそうでなかったとしたら、ですが、その場合は、なおさら、果物の追熟の際に発生する複雑な香りに、まったく酵母が関係していないとは思えなくなります。
おそらくどんな果実であれ、穀物であれ、酵母などの微生物が活動できた方がよりおいしくなるのではないかと思ってしまう究極の理由です。
なにがいいたいかというと、つまり果実のおいしさの原点がむしろ、そういった微生物の側にある可能性も否定できないということです。
なぜなら、たまたま微生物が作った香りの成分に植物の側がいいなあこれと反応して作り始めたという説も十分成立すると思うから、です。